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執筆者の写真弁護士古賀象二郎

福岡の弁護士が未払残業代の仕組みを分かりやすく・詳しく解説~働き方改革による時間外労働規制,労働時間適正把握義務

更新日:2020年9月1日

【執筆した弁護士】

古賀 象二郎(こが・しょうじろう)弁護士

1974年,佐賀県鳥栖市生まれ。一橋大学経済学部を卒業後,民間企業に勤務。神戸大学法科大学院を経て,2009年に弁護士登録。

事務所名:古賀象二郎法律事務所(福岡市中央区) URL:事務所HP

日本弁護士連合会会員・福岡県弁護士会会員 URL:会員情報


★未払残業代請求の基礎知識についてはこちらをご覧ください。


<本日の内容>

1 働き方改革関連法による36協定の時間外労働の上限設定

2 改正前の状況,改正法概要

3 法改正の内容①時間外労働の原則的な上限

4 法改正の内容②特別協定の定めの上限

5 法改正の内容③時間外労働それ自体の上限

6 時間外・休日労働指針

7 時間外労働の上限に関する適用除外

8 時間外労働の上限に関する適用猶予

9 「医師の働き方改革に関する検討会報告書」のとりまとめ

10 「令和元年 医師の勤務実態調査」の結果の公表

11 厚生労働省作成のパンフレット等

12 働き方改革関連法による時間外労働規制の意義・評価

13 実業界の受け止め方についての一報告

14 働き方改革関連法による労働者の労働時間を適正に把握する義務

15 使用者の労働時間適正把握義務の目的

16 使用者の労働時間適正把握義務の対象

17 労働時間適正把握の方法

18 「労働者の労働時間の状況を把握」の意義

19 使用者の労働時間適正把握義務の具体的方法~原則

20 使用者の労働時間適正把握義務の具体的方法~例外「その他の適切な方法」

21 「やむを得ず客観的な方法により把握し難い場合」

22 記録の作成及び保存するための必要な措置


1 働き方改革関連法による36協定の時間外労働の上限設定

 2018(平成30)年の働き方改革関連法による労働基準法の改正で,36協定による時間外労働に法律上の上限が設定されました。改正法は2019(平成31)年4月から施行され,中小事業主も2020(令和元)年4月1日から施行となりました。

 未払残業代請求にも関係するこの重要改正について,改めて整理しておきます。


2 改正前の状況,改正法概要

 労働基準法は,使用者が労働者に時間外労働をさせるのは,非常事由による場合(労働基準法33条),36協定による場合(労働基準法36条1項)を規定しています。

 現行法上の主要な時間外労働は36協定による場合ですが,今回の働き方改革関連法による改正前の労働基準法では,36協定による時間外労働について法律上の上限規定を置いていませんでした。


 改正前の36協定による時間外労働の上限に関しては,改正前の労働基準法36条2項に基づき,厚生労働大臣が基準を定めていました(平成10・12・28労告154号)。この基準は,1998(平成10)年の企画業務型裁量労働制導入の際の交換条件として,時間外労働規制強化を目的に,それまでの行政指導の指針を労働基準法に基づくものとして位置づけられたという経緯をもつものです。

 労使協定の当事者は,労使双方とも,労使協定の内容がこの時間外限度基準に適合したものとなるようにしなければならず(改正前の労働基準法36条3項),行政官庁(所轄労働基準監督署長)は,この基準に関し,協定当事者に対し必要な助言・指導を行うことができるとされていました(改正前の労働基準法36条4項)。


 しかし,この基準に定める時間外労働の上限は,法的に強行的な効力はないとされていましたので,改正前は,36協定(および基準に定める時間外労働上限の例外を認める特別条項(平成10・12・28労告154号3条1項ただし書,4条2項))を締結すれば,労使で定めた範囲内で時間外労働を行わせることができていました。


 そこで,改正法では,36協定による時間外労働の罰則付上限が導入されました。この上限は,①時間外労働の原則的な上限(労働基準法36条4項),②特別協定の定めの上限(労働基準法36条5項),③時間外労働それ自体の上限(労働基準法36条6項)として設定されています(菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂,2019年)504,505頁)。


3 法改正の内容①時間外労働の原則的な上限

 改正法では,まず,36協定に定める,「対象期間における一日、一箇月及び一年のそれぞれの期間について労働時間を延長して労働させることができる時間」(労働基準法36条2項4号)は,「限度時間」を超えない時間に限るとし(労働基準法36条3項),この「限度時間」を,1か月45時間,1年360時間(3か月を超える変形労働時間制の場合には1か月42時間,1年320時間)とすると明文で定めました(労働基準法36条4項)。


 脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として,発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(長期間の過重業務)に就労したことが,行政解釈における認定基準の1つとされていますが,そこでは,疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間に着目すると,発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症との関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と発症の関連性が徐々に強まると評価できるとされています(平13・12・12基発1063号)。


4 法改正の内容②特別協定の定めの上限

 改正法は,臨時的な特別の事情がある場合,①の限度時間の上限時間の例外を認める36協定の特別条項を定めることも可能としています。しかし,それにも上限が付され,時間外労働・休日労働をさせることができる時間は1か月100時間未満,ならびに時間外労働をさせることができる時間は1年720時間以内とし,さらに1か月45時間(3か月を超える変形労働時間制の場合には42時間)の限度時間を超えることができる月数は1年について6か月以内とされました(労働基準法36条5項)。


 上述の平13・12・12基発1063号では,発症前1か月間におおむね100時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できるとされています。


5 法改正の内容③時間外労働それ自体の上限

 改正法はさらに,時間外労働・休日労働をさせることができる時間は1か月100時間未満,かつ2か月ないし6か月平均でいずれにおいても1か月80時間以下としなければならないと規定しました(労働基準法36条6項2・3号。なお,1号は坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務についての時間外労働は1日につき2時間を超えないとしています。)。


 時間外労働・休日労働をさせることができる時間は1か月100時間未満(2号)は,特別協定の定めの上限の1つと同じですが,特別協定が締結されていない場合でも休日労働が長時間なされると①の限度時間の月45時間と併せて月100時間を超える場合が考えられるので,「時間外労働+休日労働」それ自体の上限として規定れました(菅野・前掲511,512頁)。

 

 上述の平13・12・12基発1063号では,発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できるとされています。


6 時間外・休日労働指針

 改正法は,厚生労働大臣は,時間外・休日労働を適正なものとするために指針を定めることができるとし(労働基準法36条7項),これに基づき「労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長及び休日の労働について留意すべき事項等に関する指針」(平成30・9・7厚労告323号)が置かれました。従来の基準(平成10・12・28労告154号)は廃止となっています(平成30・9・7厚労告323号附則2)。


7 時間外労働の上限に関する適用除外

 2018(平成30)年の働き方改革関連法による労働基準法の改正では,36協定による時間外労働の上限を,法律上罰則付きで設定されましたが,その適用除外・適用猶予について整理しておきます。


 まず,適用除外からですが,新たな技術・商品・役務の研究開発業務は,この労働時間の上限に関する規定(労働基準法36条3~5項,6項2・3号)の適用から除外されるものとされています(労働基準法36条11項)。

 もっとも,適用が除外れるのは労働時間の上限に関する規定で,労働時間規制全体が適用除外となるのではありません。1日8時間,1週40時間を超えて労働させる場合には,やはり36協定の締結・届出が必要ですし,36協定で定めた限度時間を超えて労働させることはできません(岡崎淳一『働き方改革のすべて』(日本経済新聞出版社,2018年)99頁)。


 この労働時間の上限に関する規定の適用除外の手当として,今回の改正によって労働安全衛生法も改正され, 新たな技術・商品・役務の研究開発業務については,1週間当たり40時間を超えて労働した時間が月100時間を超えた労働者に対し,医師の面接指導が罰則付きで義務付けられました(労働安全衛生法66条の8の2第1項,労働安全規則52条の7の2,労働安全衛生法120条1号)。この面接指導とその他の労働者(高度プロフェッショナル制度適用者を除く。)に対する面接指導(労働安全衛生法66条の8第1項)は,罰則の有無の点で違いがあります。

 また,この面接指導は, 新たな技術・商品・役務の研究開発業務に従事する労働者の申出なしで遅滞なく行われなければならないもので,その他の労働者(高度プロフェッショナル制度適用者を除く。)に対する面接指導が労働者の申出により行われるという点も異なります(労働安全衛生規則52条の3第1項)。なお, 労働安全衛生法66条の8による面接指導も,今回の改正により, 1週間当たり40時間を超えて労働した時間が月80時間を超え,かつ,疲労の蓄積が認められる労働者とされておりますので注意してください(従前は,1週間当たり40時間を超えて労働した時間が月100時間を超え,かつ,疲労の蓄積が認められる労働者)(労働安全規則52条の2)。

 そして,事業者は, 新たな技術・商品・役務の研究開発業務に従事する労働者の面接指導を行った医師の意見を聴き,これを勘案し,必要があるときには就業場所の変更や職務内容の変更,有給休暇の付与などの措置を講じなければなりません(労働安全衛生法66条の8の2第2項,労働安全衛生法66条の8第4・5項)。


8 時間外労働の上限に関する適用猶予

 次に,時間外労働の上限に関する規定の適用猶予措置についてですが,これは以下のとおりです。


①建設(関連)事業(②を除く。)

2024年3月31日まで

→ 有害業務上限に関する規定は適用しない(労働基準法139条2項)。


2024年4月1日以降

→ 上限に関する規定はすべて適用。


②災害時の復旧・復興のための建設事業

2024年3月31日まで

→ 上限に関する規定は適用しない(労働基準法139条2項)。


2024年4月1日以降

→ 1か月100時間未満,2か月ないし6か月平均で80時間以内の上限は適用しない(労働基準法139条1項)。


③自動車運転業務

2024年3月31日まで

→ 上限に関する規定は適用しない(労働基準法140条2項)。


2024年4月1日以降

→ 1か月100時間未満,2か月ないし6か月平均で80時間以内の上限は適用しない。

→ 1年の720時間以内の上限は960時間以内とする。

→ 時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6か月までとする上限は適用しない。

(労働基準法140条1項)


④医業に従事する医師(適用猶予は医師のみで,歯科医師・看護師など医師以外の医療スタッフは適用猶予とはならない(岡崎・前掲103頁)。)

2024年3月31日まで

→ 上限に関する規定は適用しない(労働基準法141条4項)。


2024年4月1日以降

→ 厚生労働省令で定める上限時間による(労働基準法141条1項)。


 2024年4月1日以降については,医療提供体制,医師の健康確保,医療の質や安全確保などの観点から,医師の働き方改革に関する検討会で検討され,その結果を踏まえて具体的に定められることとなっていました(岡崎・前掲104頁)。

 その後,後述のとおり, 医師の働き方改革に関する検討会において,医師の時間外労働規制の具体的な在り方,労働時間の短縮策等についてとりまとめが行われました(「医師の働き方改革に関する検討会報告書」2019(平成31)年3月28日)。


⑤鹿児島県・沖縄県の砂糖製造事業

2024年3月31日まで

→ 1か月100時間未満,2か月ないし6か月平均で80時間以内の上限は適用しない(労働基準法142条)。


2024年4月1日以降

→ 上限に関する規定はすべて適用。


9 「医師の働き方改革に関する検討会報告書」のとりまとめ

 医師の働き方改革に関する検討会(座長:岩村正彦東京大学大学院法学政治学研究科教授)において,医師の時間外労働規制の具体的な在り方,労働時間の短縮策等についてとりまとめが行われました(「医師の働き方改革に関する検討会報告書」2019(平成31)年3月28日)。


 この報告書では,診療従事勤務医の時間外労働の上限水準としては,脳・心臓疾患の労災認定基準(平13・12・12基発1063号「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる」としています。)を考慮した特別協定の年間限度につき960時間の特例を設けること(A水準)を設定しています。

 報告書はこのほかに2つの水準を設けるとしていて,地域医療提供体制の確保の観点からやむを得ずA水準を超えざるを得ない場合を想定し,地域医療確保暫定特例水準として特別協定の年間限度につき1860時間の特例(B水準)を設定する,さらに①臨床研修医・専門研修中の医師の研鑽意欲に応えて一定期間集中的に知識・手技を身につけられるようにすること,②高度な技能を有する医師を育成する必要がある分野において新しい診断・治療法の活用・普及等が図られるようにすることが必要であり,集中的技能向上水準として特別協定の年間限度につき,これも1860時間の特例(C-1水準,C-2水準))を設定するとしています。詳細については厚生労働省ホームページの報告書を参照ください。


 【医師の働き方改革に関する検討会 報告書】


10 「令和元年 医師の勤務実態調査」の結果の公表

 他方,2024(令和6)年の時間外労働上限規制適用前においても,医師の時間外労働の状況やその分布等の実態把握は不可欠であるとして,2016(平成28)年に実施した厚生労働科学特別研究事業である「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査研究(研究代表者:井元清哉)」と同等規模の勤務実態調査を行うとの目的で,2019(令和元)年9月2~8日に医師の勤務実態調査「令和元年 医師の勤務実態調査」が行われ,その調査結果がこのほど厚生労働省より公表されました。詳細については厚生労働省ホームページの公表資料を参照ください。


 【厚生労働省公表資料】

 

 この調査では,回収した調査票のうち,週4日以上働いている病院勤務医8937件のデータについて分析しています。週労働時間の区分別割合は,以下のとおりでした。


①週40時間未満   13.7%

②週40~50時間  22.3%

③週50~60時間  26.3%

④週60~70時間  18.9%

⑤週70~80時間  10.4%

⑥週80~90時間   5.0%

⑦週90~100時間  2.3%

⑧週100時間以上   1.2%


 年間労働時間に換算すると,A水準の特別協定の年間限度960時間内の労働時間であった者の割合は62.3%(=①+②+③),B,C-1・C-2水準の特別協定の年間限度1860時間内の労働時間であった者の割合は91.6%(=①+②+③+④+⑤)という調査結果となっています。


11 厚生労働省作成のパンフレット等

 働き方改革による時間外労働規制に関し,厚生労働省はパンフレット等を作成しておりますので,そちらも案内します。


【パンフレット】


【リーフレット】


12 働き方改革関連法による時間外労働規制の意義・評価

 今回の働き方改革関連法による時間外労働の罰則付き上限時間設定は,日本の労働法制の観点から非常に重要なものと評されています。


今回の法改正による時間外労働の上限規制までは、長い道のりを要した。今回の改正において、三六協定の定めについての限度時間、特別協定用の上限、そして、時間外労働それ自体についての上限を、初めて罰則付で規定したのは、1987年改正における週40時間労働制の導入と並ぶ重要な改正であるといえる。主務官庁の発案と三者構成審議会による調整だけでは実現できず、時の内閣による強い政治主導を必要とした点でも、1987年の法定労働時間改正と同様であったといえる。その内容については、特別協定用の上限と時間外労働それ自体の上限を労災補償上の過労死認定基準に合わせている点が批判されているが、今回の改正が過労死等の健康被害の防止を重視したものであること、労基法はあくまで罰則付の最低基準の法規であること、長年なしえなかった上限設定をなしとげたこと考えると、十分に評価すべき改正と考える(菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂,2019年)506頁)。


この時間外労働に上限時間を設定するという法改正は,法定労働時間を週48時間から40時間に改正した1987(昭和62)年労基法改正でも実現できず,1947(昭和22)年の労基法制定以来,はじめて実現された改革である。近代的労働法の大きな任務は,比較法的にみて最低賃金の設定と労働時間の上限時間の設定にあることからすると,労働時間(時間外労働)の上限時間を設定した2018(平成30)年の法改正は,1959(昭和34)年の最低賃金法の制定と並ぶ,日本の戦後労働法の重大な節目となる改革と位置づけることができる(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)675頁)。


13 実業界の受け止め方についての一報告

 一方, 今回の働き方改革関連法による労働基準法の改正を実業界がどう受け止めているのかという点で,2020(令和2)年6月1日付日本経済新聞朝刊に気になる記事が掲載されていました。


 この記事は,4月から中小事業者に対しても残業時間の上限を設ける規制が始まったが,2か月たった時点でも経営者の認識不足や厳しい労働環境などから中小事業者で対応の遅れが目立つとしています。

 具体的には,日本商工会議所が今年の2~3月に全国の中小事業者に実施した調査によると約2割の中小事業者が残業規制について「対応のめどがついていない」と回答したとしています。改正法直前のタイミングにもかかわらず約16%の中小事業者が法律について「内容は知らない」あるいは「名称も内容も知らない」と回答したそうです。

 こうした経営者の意識の低さを要因の一つとする一方,慢性的な人手不足や発注元からの厳しい要求にも対応せざるを得ないといったことによる,中小事業者の過酷な労働環境も対応遅れの一因としています。


 新聞記事による報告ですので,ここから何らかの事実を認定するには慎重となるべきですが,少なくとも,法律上罰則付きの時間外労働の上限規制の設定という,比較的明確な内容で強力なエンフォースメントも備えた法改正であっても,実際の浸透は簡単には進まない,労働法による規制の難しさは感じることができるように思います。


14 働き方改革関連法による労働者の労働時間を適正に把握する義務

 労働基準法は,使用者に労働者の労働時間を適正に把握する責務を課しているとされています。この使用者による労働時間適正把握の責務は,厚生労働省による「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(平13・4・6基発339号)の策定を経て,2018(平成30)年の働き方改革関連法により,労働安全衛生法に使用者の義務とする規定が置かれました(労働安全衛生法66条の8の3,労働安全規則52条の7の3)。


15 使用者の労働時間適正把握義務の目的

 今回の改正で労働安全衛生法に置かれた使用者の労働時間適正把握義務については,未払残業代,すなわちサービス残業対策から労働者の健康確保を目的とするものに改められたと説明されることがあります(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)655,656頁)。労働安全衛生法66条の8の3では,この使用者の労働時間適正把握義務は,労働者の健康の保持を考慮して一定の要件に該当する労働者に対し医師による面接指導を実施するために行うもの,とされています。


16 使用者の労働時間適正把握義務の対象

 使用者の労働時間適正把握義務の位置づけが未払残業代残業対策から労働者の健康確保を目的とするのがものに改められたことから,労働安全衛生法における使用者の労働時間適正把握義務の対象には,割増賃金の支払いの対象となっていない管理監督者(労働基準法41条2号)や,事業場外労働のみなし制の適用者(労働基準法38条の2)なども含まれるとされました(平30・12・28基発16号)(水町・前掲656頁)。

 さらに,どのような人事評価制度であっても,労働者の健康確保は変わらず求められますから,使用者が労働者を職務内容で評価することとなろうとも,労基法上の労働時間規制の適用除外とされる管理監督者なども含む労働者の労働時間を把握する義務が求められることとなります。


17 労働時間適正把握の方法

 労働者の労働時間適正把握にあたっては,厚生労働省令で定める方法により,「労働者の労働時間の状況」を把握しなければならないとされています(労働安全衛生法66条の8の3,労働安全衛生規則52条の7の3)。


18 「労働者の労働時間の状況を把握」の意義

 「労働者の労働時間の状況を把握」とは,労働者の健康確保措置を適切に実施する観点から,労働者がいかなる時間帯にどの程度の時間,労務を提供し得る状態にあったかを把握するものとされています(平30・12・28基発1228第16号問答8)。


19 使用者の労働時間適正把握義務の具体的方法~原則

 労働時間の状況を把握する方法としては,原則として,タイムカード,パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間(ログインからログアウトまでの時間)の記録,事業者(事業者から労働時間の状況を管理する権限を委譲された者を含む。)の現認等の客観的な記録により,労働者の労働日ごとの出退勤時刻や入退室時刻の記録等を把握しなければなりません(平30・12・28基発1228第16号問答8)。


20 使用者の労働時間適正把握義務の具体的方法~例外「その他の適切な方法」

 労働時間の状況を把握する方法について,労働安全衛生規則52条の7の3第1項は,上述の方法「その他の適切な方法」によると規定しています。

 この「その他の適切な方法」としては,やむを得ず客観的な方法により把握し難い場合において,労働者の自己申告による把握が考えられるが,その場合,事業者は以下ア~オの措置を全て講じる必要があるとされます(平30・12・28基発1228第16号問答11)。


ア 自己申告制の対象となる労働者に対して,労働時間の状況の実態を正しく記録し,適正に自己申告を行ことなどについて十分な説明を行うこと。

イ 実際の労働時間の状況を管理する者に対して,自己申告制の適正な運用を含め,講ずべき措置について十分な説明を行うこと。

ウ 自己申告により把握した労働時間の状況が実際の労働時間の状況と合致しているか否かについて,必要に応じて実態調査を実施し,所要の労働時間の状況の補正をすること。

エ 自己申告した労働時間の状況を超えて事業場内にいる時間又は事業場外において労務を提供し得る状態であった時間について,その理由等を労働者に報告させる場合には,当該報告が適正に行われているかについて確認すること。

  その際に,休憩や自主的な研修,教育訓練,学習等であるため労働時間の状況ではないと報告されていても,実際には,事業者の指示により業務に従事しているなど,事業者の指揮命令下に置かれていたと認められる時間については,労働時間の状況として扱わなければならないこと。

オ 自己申告制は,労働者による適正な申告を前提として成り立つものである。このため,事業者は,労働者が自己申告できる労働時間の状況に上限を設け,上限を超える申告を認めないなど,労働者により労働時間の状況の適正な申告を阻害する措置を講じてはならないこと。

  また,時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が,労働者の労働時間の状況の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに,当該阻害要因となっている場合においては,改善のための措置を講ずること。

  さらに,労基法の定める法定労働時間や時間外労働に関する労使協定(いわゆる36協定)により延長することができる時間数を遵守することは当然であるが,実際には延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず,記録上これを守っているようにすることが,実際に労働時間の状況を管理する者や労働者等において,慣習的に行われていないかについても確認すること。


21 「やむを得ず客観的な方法により把握し難い場合」

 上述の「その他の適切な方法」は,やむを得ず客観的な方法により把握し難い場合に限り認められるものです。したがって, タイムカードによる出退勤時刻や入退室時刻の記録やパーソナルコンピュータの使用時間の記録などのデータを有する場合や事業者の現認により当該労働者の労働時間を把握できる場合にもかかわらず,自己申告による把握のみにより労働時間の状況を把握することは,認められません。

 「やむを得ず客観的な方法により把握し難い場合」に当たるのは, 例えば,労働者が事業場外において行う業務に直行又は直帰する場合など,事業者の現認を含め,労働時間の状況を客観的に把握する手段がない場合とされ, 「やむを得ず客観的な方法により把握し難い場合」かどうかは,当該労働者の働き方の実態や法の趣旨を踏まえ,適切な方法を個別に判断されます(平30・12・28基発1228第16号問答12)。

 なお,労働者が事業場外において行う業務に直行又は直帰する場合などにおいても,例えば,事業場外から社内システムにアクセスすることが可能であり,客観的な方法による労働時間の状況を把握できる場合もあるため,直行又は直帰であることのみを理由として,自己申告により労働時間の状況を把握することは,認められません(平30・12・28基発1228第16号問答12)。


22 記録の作成及び保存するための必要な措置

 また,事業者は,把握した労働者の労働時間の状況の記録を作成し,3年間保存するための必要な措置を講じなければならないとされています(労働安全衛生法施行規則52条の7の3第2項)。


更新日 2020年8月13日

福岡市中央区 古賀象二郎法律事務所

弁護士 古賀象二郎


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