【執筆した弁護士】
古賀 象二郎(こが・しょうじろう)弁護士
1974年,佐賀県鳥栖市生まれ。一橋大学経済学部を卒業後,民間企業に勤務。神戸大学法科大学院を経て,2009年に弁護士登録。
事務所名:古賀象二郎法律事務所(福岡市中央区) URL:事務所HP
日本弁護士連合会会員・福岡県弁護士会会員 URL:会員情報
★未払残業代請求の基礎知識についてはこちらをご覧ください。
<本日の内容>
1 判例・裁判例ー姪浜タクシー事件
1 判例・裁判例ー姪浜タクシー事件
未払残業代の請求に対し,使用者が労働者は管理監督者に該当すると反論し,それが認められた事例として姪浜タクシー事件(福岡地判平成19・4・26労判948号41頁)があることはすでに述べました。
ここでは姪浜タクシー事件について,事案も含め詳細に検討します。
まず,姪浜タクシー事件で未払残業代の請求を受けたのは,タクシーによる旅客運送等を業とする株式会社です。
未払残業代を請求したのは,この会社にタクシー乗務員として雇用され,平成12年1月以降定年で退職するまでは営業部次長の職にありました。
この労働者が営業部次長就任当時,同ポストは1名のみでしたが,会社が三事業部制への編成を行ったため,平成14年10月1日から営業部次長が3名に増員されています。
この会社には5名の取締役がいましたが,会社の経営を実質的に掌握していたのは専務であり,専務は営業部次長等に対し,書面でもって指示を行うことがありました。
営業部次長は,終業点呼や出庫点呼を通じて,多数の乗務員を直接に指導・監督する立場にありました。
営業部次長は,乗務員採用について履歴書の審査や応募者の面接を行っており,採否にあたり,履歴書の審査だけで不採用としたり,営業部次長限りで不採用とする場合もありました。多くは営業部次長の面接の後に経営を実質的に掌握する専務の面接も行われていましたが,この労働者が面接した応募者で専務の面接に進んだ者の中に不採用となった者はいませんでした。
この会社では,毎月1回経営者協議会が行われていて,取締役や主要な従業員が出席し,月次の決算報告や経営上の反省点,方針等に関する話し合いが行われたり,交通事故やその事後処理等,タクシー等の稼働率に関する報告も行われていました。営業部次長であった労働者もこの協議会に出席し,1か月間の交通事故やその事後処理に関する報告を行っていました。
この労働者は,専務とともに市・県の乗用車協同組合の会合に出席することがあり,専務の指示により,この労働者のみが出席することもありました。
この会社では,3名の営業部次長を含め,従業員全般についてタイムカードによる出退勤時間の管理は行っていませんでした。この裁判で会社に未払残業代を請求した労働者は,毎朝6時までには出勤し,退勤時間は午後6時半を回ることも多くありました。もっとも,専務より出退勤時間について指示を受けたことはなく,僅かながら,会社に連絡の上,出先から直接帰宅したり,遅れて出勤することもありました。
この会社における女性事務員の年収額は230万円程度,配車係の年収額は400万円ないし450万円程度,乗務員の年収額は400万円ないし450万円程度であり,この労働者の年収額は平成14年が726万8000円,平成15年が712万2000円と,取締役を除く会社の従業員の中で最高額でした。
以上を踏まえ,判決は,
・営業部次長は,終業点呼や出庫点呼を通じて,多数の乗務員を直接に指導・監督する立場にあった。
・乗務員の募集についても,面接に携わってその採否に重要な役割を果たしていた。
・出退勤時間についても,多忙なために自由になる時間は少なかったと認められるものの,唯一の上司というべき専務から何らの指示を受けておらず,会社に連絡だけで出先から帰宅することができる状況にあったなど,特段の制限を受けていたとは認められない。
・他の従業員に比べ,基本給及び役務給を含めて700万円余の高額の報酬を得ていたのであり,この会社の従業員の中で最高額であった。
・会社の取締役や主要な従業員の出席する経営者協議会のメンバーであったことや,専務に代わり会議等へ出席していたことなどの付随的な事情も認められる。
と述べて,これらを総合考慮すれば,この労働者は管理監督者に該当するとしています。
この労働者は,自身は何らの権限を有するものではなく,専務が実質的な決定権限をもって業務全般を取り仕切っていたと主張しましたが,判決は,
・専務は会社の経営を実質的に掌握し,それに伴う大きな権限を有していて,文書による具体的な指示も行っていたが,専務の稼働状況等からみて,専務が業務の子細にわたって具体的な決定を行っていたとは考え難い。
・専務から文書等による指示があるとはいえ,乗務員の労務ないし乗務の管理は,この労働者を含む営業次長がその判断等に基づいて行っていたというべきであり,殊に,タクシー業を営む会社において,それらが中心的な業務であることからすれば,この労働者を含む営業部次長は,相応の権限を有していたとみるのが相当である。
・乗務員の採否についても,営業部次長の段階における履歴書の審査や面接で不採用とする場合があるし,専務の面接に進んだ者で不採用になった者がいないことからすれば,むしろ,この労働者を含む営業部次長の判断が乗務員の採否に重要な役割を果たしていたというべきである。
としています。
更新日 2020年8月29日
福岡市中央区 古賀象二郎法律事務所
弁護士 古賀象二郎
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