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<本日の内容>
1 判例・裁判例ー壺坂観光事件
1 判例・裁判例ー壺坂観光事件
時間外労働の割増賃金を計算するにあたり算定の基礎となる賃金への手当等の算入・不算が争われた事例を紹介します。壺坂観光事件(奈良地判昭和56・6・26労判372号41頁)です。
この事例で未払残業代を請求されたのは,タクシー及び観光バスによる旅客運送事業を営む会社です。未払残業代を請求した労働者らは,車両の運転業務に従事していました。
時間外労働の割増賃金の算定基礎に含まれるのかが争われたのは,家族手当,通勤手当,乗客サービス手当,特別報酬金という賃金です。これらの支給内容は,次のとおりでした。
①家族手当…家族構成・員数に関係なくすべての従業員に一律月額3000円を支給。
②通勤手当…通勤の距離・交通手段等に関係なくすべての従業員に一律月額3000円を支給。
③乗客サービス手当…皆勤者であってかつ乗客からの苦情が出されなかった運転者に月額5000円を支給。
④特別報酬金…皆勤者でかつ1か月の総水揚高が37万円を超える者に対し一律1万円を支給。
壺坂観光の賃金体系は,固定給部分と歩合給部分に分かれていて,上記①~③は固定給部分に,④は歩合給部分に含まれていました。
判決は,現行労働基準法37条5項,労働基準法施行規則21条の6項目の除外賃金は,規定の性質上限定列挙と解すべきであるとしています。また,具体的に支給されている各種手当や奨励金が除外賃金に該当するか否かの判断にあたっては,手当等の名目にとらわれず,その実質に着目すべきであるとしています。そのように考えるのは,使用者が除外賃金の名目を付することで容易に除外となしうるものとすれば,割増賃金を名称ひとつで不当に廉価に算定しうることとなり,割増賃金制度の趣旨を没却することとなるから,と説明しています。
その上で,この判決は,①家族手当及び②通勤手当は,名目は除外賃金と一致するものの,労働者らの個別的事情にかかわらず無条件で一律に一定額を支払われていたものであり,固定給部分の単位時間当たり賃金額を当然に増大・填補する意味合いを持つもので,除外賃金には該当しないとしています。
家族手当や通勤手当が除外賃金に該当するかの実質的判断は,それらが除外賃金とされた根拠に遡り,労働の内容・量とは無関係に個人的事情に基づいて支払われるものか否かという観点から行われるとされます(水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019年)689頁)。壺坂観光は家族手当・通勤手当として,扶養家族の有無・数や通勤費用額などを考慮せずに無条件で一律に一定額を支給していましたので,それらは個人的事情に基づく支払いではないとして除外賃金該当性が否定されたものと思われます。
さらに判決は,③乗客サービス手当については,一定の不行跡がないかぎり原則として支給されていたものと解され, 除外賃金には該当しないとしています。
④特別報奨金は,1か月の総水揚高が37万円に達した労働者に対し一律に一定額を支払われていたものであって, 固定給部分の単位時間当たり賃金額を填補する意味合いを持つもので,除外賃金には該当しないとしています。
なお,この事例で労働者らは,未払残業代,すなわち未払いの時間外労働の割増賃金として各入社日から昭和53年8月分までを請求しているのですが,付加金については昭和52年5月分から昭和53年8月分までの未払いとなっている時間外労働の割増賃金と同額の支払いを求めています。付加金について「昭和52年5月分から」としたのは,付加金請求の期間制限が理由かと思われます(労働基準法114条ただし書)。
壺坂観光の方では,訴訟が提起されてから口頭弁論終結までに昭和52年5月分から昭和53年8月分までの未払いとなっている時間外労働の割増賃金につき,2回にわたり全額を弁済供託しています。この弁済供託により,判決は, 昭和52年5月分から昭和53年8月分までの時間外労働の割増賃金に関する壺坂観光の未払賃金債務は消滅しているとしました。
しかし,判決は,付加金については,未払残業代を請求した労働者らの請求のとおり昭和52年5月分から昭和53年8月分までの未払いとなっている時間外労働の割増賃金と同額の支払いを認めています。このことについて判決は,付加金の有する制裁的性質からすれば,使用者が付加金の支払いを免れるためには遅くとも労働者がその支払いを求めて訴訟を提起するまでに未払賃金の弁済または供託を行わなければならず,付加金請求に対応する期間の未払賃金を訴訟提起後供託したとの一事をもってしては,付加金の支払義務を免れることはできないというべきであると説明しています。
2020年6月24日
福岡市中央区 古賀象二郎法律事務所
弁護士 古賀象二郎
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